新たなる武勇伝。さあBigジョン・デーリー様のお出ましだ

破天荒男デーリーは、ベガスでも上得意様。「カジノの負け? 50億円は下らないのじゃないかね」と、平然と言ってのける。スケーが大きい(courtesyof Global Golf Post)

破天荒男デーリーは、ベガスでも上得意様。「カジノの負け? 50億円は下らないのじゃないかね」と、平然と言ってのける。スケーが大きい(courtesyof Global Golf Post)

強烈な脚光を浴び、この男が舞台中央に還って来る。今月28日。50歳の誕生日を迎える。この男が若い頃獲得した四大タイトルは、全英オープンと全米プロ選手権。それより何より、この男に付いて回った表現はセンセーション。いわゆる記録以上に記憶。その男が再び注目を集める。

一方で米プロゴルフ協会(PGA of America)が設立されたのは、遠く1916年4月10日ニューヨーク。それから百年。マスターズの期間中にも拘わらず、ニクラスは最大級の祝辞を贈っている。

世界最大級2万8000人会員を擁する、この集団の役割。其れはゴルフを通して、大衆に貢献すること。それはトーナメントで、熱狂させる。アマチュアゴルファーを上達させる。これらの活動が一世紀続いている。だからこそ世間一般から、尊敬され続けるのだ。

来週22日からの、レジェンド・オブ・ゴルフ。これは2人がチームを組んでのお祭りゴルフ。デーリーは誕生日前だから、特例はあり得ない。だがこの後5月になれば、ザ・トラディション、シニアPGAと、ビッグゲームが続く。 恐らくトレビノ以来の、超個性派プロ、デーリー。彼の登場に合わせ、米ツアーには余るほど在りながら、日本には圧倒的に不足していている。その部分の比較をしてみたい。

筆者は生前のバイロン・ネルソン翁。そしてニクラス、トレビノ達から、多くの歴史を学んできた。

「私たちの頃は、テレビ中継などなし。上位プロは、毎ラウンド後町のラジオ局へ出向き、トーナメントの状況を解説。それで客を呼ぶ。その努力を続けた」(ネルソン翁)。

「トーナメントの黎明期。お互いが自分のカネを出す。それを上位の数人が獲得する」。「プロだけでなくアマチュア競技。そしてプロアマのオープン競技。これが各州多くの地域で、コンスタントに実施されていた。競技があれば腕は磨けるし、強い相手とも出会える」。「私が15歳でプロ競技に初出場できたのも、そのお陰」(何れもニクラス談)

トレビノの場合はギャンブル。テキサスは昔からカネ持ちが多い。「そこでオレは常に、有りガネ全部を賭けていた」。1968年秋、トレビノは優勝したハワイアンオープンの優勝賞金を、その儘そっくりハワイに残して帰途に就いた。亡くなったプロ仲間、テッド・マカレナの子供の学資として。ハワイの人達は、今でも其れを忘れない。

彼らのきめ細やかな、これらの動き。それに比べ日本のプロは、与えられたものに、胡座をかいているだけ。その結果試合が減少。60歳前後の連中が、何人もレギュラーツアーにしがみつく。だからツアー全体に、メリハリがない。中嶋や芹沢とかは、何故自分のトーナメントを立ち上げないのか。例えば一日だけの、プロアマ競技でもいい。サイン会や写真撮影を、タップリ加えて。

話は米シニア。来週のレジェンド・オブ・ゴルフ。これには80歳プレーヤーから、76歳コンビ、ニクラス、トレビノ達まで。PGA of Americaが、百年の歴史で誕生させたスター達。彼らが勢揃いする。そこではプロと共に、観客も堂々の主役を楽しむ。ショービジネスを、成功させる鍵だ。

それに比べ例えば尾﨑直道。国内開幕戦も76、79。36ホールカットに、掠りもしない。永久シードシードも、節度を欠くと、本人は尊敬を失う。観客は白ける。その典型だ。

デーリーのシニア入り。それは日米の、プロゴルフ環境を比較する絶好機。皆さんも是非、本気で考えてみたら、如何ですか。

(April.18th.2016)