五輪競泳の主役、ゴルフに転じることの困難さ

「22」が光る、フェルプスのアイアンとバッグ。トップメーカーPINGも、水の怪物の新しいチャレンジを、全面的にサポートしている

「22」が光る、フェルプスのアイアンとバッグ。トップメーカーPINGも、水の怪物の新しいチャレンジを、全面的にサポートしている

五輪でのメダル22箇。そのうちの18箇が金メダル。マイケル・フェルプスの名前は、未だ多くが記憶している。

ちなみに2年前のロンドン。その前08年の北京で、競泳プールの脚光を独り占めした。五輪のヒーローは、名声だけでなく、大きな収入にも結び付く。日本でもそれを証明したのが、同じ水泳の北島康介。フェルプスの場合、その北島より遙かに、スケールの大きい、世界的な主役。ニックネームも、水の怪物。その五輪メダル22箇が選んだ、第二のスポーツ。それがゴルフだった。

193センチの長身と、長い腕。それを生かして、ミシガン大時代から、ゴルフも結構上手かった。五輪後の2012年秋。抜群の知名度を生かし、早速米のケーブル局が、シリーズ番組を開始する。狙いは五輪ヒーローが(あわよくば、プロになる迄の成長過程)。

平行して、セレブとして、プロアマへの出場も開始する。デビューは2013年1月末。フェニックスオープン。そのタイミングで、用具の契約も結ぶ。一級のメーカーPINGと。バッグにもアイアンにも、22の数字が刻み縫い込まれる。五輪の知名度は、追い風をどんどん強くする。テレビの評判も悪くない。

それを受け撮影で、スコットランドへ行く。処がここで、最初の挫折を、味わうことになる。スコットランドには、一日に四季がある、と言われる。それ程急変する天候、それへの、対応の難しさ。さらに膝まで隠れるような、深いラフ。ボールを打つことの楽しさより、ボール探しの忍耐が、求められる。米では体験できないコース。我慢しきれず、フェルプスは、手にしたクラブを、何度も放り投げる。

それを地元スコットランドのメディアが、記事として報じた。ゴルフで、2つ目の世界に乗り出すことの、困難さを、見せ付けられた時だった。

実は競泳とゴルフは、対極にあるスポーツなのだ。

競泳は、持てるパワーを全開し、必要な距離を泳ぎ切る。だから十代から二十歳そこそこ迄の、年齢が中心になる。国際規格があるから、プールのコンディションは、何処もほぼ同じ。

一方のゴルフは、まず4時間のマラソン。異なるコース。そこではボールを打つ技術。それ以上に、心を制御すること(セルフコントロール)と、コースマネジメントが、大きな鍵を握る。さらにゴルフでは、繊細な動きが随所に求められる。五輪で22箇のメダリストも、どうやらその壁が、突破できていないようなのだ。

そのフェルプスの名前が、最近久々に米の新聞テレビを賑わした。それはスピード違反と、酒気帯び運転で逮捕されたこと。米からの情報に拠ると、「最近水泳競技に復帰したが、ここでも結果が出ず。ストレスが溜まっていたはず」。恐らくゴルフが上手く行かず。それで昔のプールに戻った。だがピークを過ぎた、かつてのヒーローが、相手にされる世界ではなかった。

それにしても最近、競泳選手の話題が続く。一つは、豪州のイアン・ソープ。フェルプスの前、水の超人と呼ばれた196センチ。彼はこの夏、同性愛者であったこと。さらに鬱病と戦っていたことも、豪州のテレビで、告白している。引退後彼はズッと、悩み苦しんでいたことが判る。

さらに今回のアジア大会。ここでは日本の代表選手が、あろう事か、報道陣の80万円もする、カメラを窃盗。即刻チームから追放されている。それぞれに、直接的な関連はないのだろうが、それにしても、若くしてヒーローになる。また長い年月、水泳一筋の生活をする。それらの或る種反動なのかも知れない。

だが、第二のスポーツに転じることが、総て失敗に結び付くか、と言えば、それは違う。大きな成功者は、私たちの身近にいる。それはプロとして、113回の優勝を、重ねたジャンボ尾崎だ。彼は徳島海南高時代、1964年のセンバツで優勝。その後当時の、西鉄ライオンズに入団。だが見切りを付け、数年で退団。71年には日本プロ選手権で、プロ初優勝を飾っている。

その尾﨑が、次のように述懐する。
「要するに切り換えるタイミング。その時、先が見えるか否か。オレの場合は、さらに若い年齢で決断したこと」。

自分の能力が、何処にあるか。自分の適所探し。それに対する的確な読みがあった。尾﨑の成功は、そこに在る。尾﨑の活躍に刺激され、その後多くの高校球児、そしてプロ野球経験者も、プロを目指し、ゴルフに転じている。巨人のエースだった、西本崇もその一人。だが成功していない。

だから、戯れに第二のスポーツに、ゴルフを選ぶのでなく、ゴルフは九十数パーセントの人にとって、週末のレクレーション。その位置に留める。そのことが、より大切になる。

関連したゴルフの、もう一つの効能。それは言わずもがなリハビリ。日本では大衆化するに至っていない。だが北米や、英豪等では盲人のゴルフが、市民権を得て久しい。これらの国々では、戦争で視力を失った市民も多い。彼らの社会復帰の、一つの道具。それがゴルフ。環境さえ整えば、目が見えなくてもゴルフは出来る。私も彼らのゴルフを、何度も取材し、その都度驚かされて来た。

フェルプスのスピード違反は、今回が二度目。前回は保護観察処分だったが、二度目は当然厳しくなる。このピンチを乗り切る。そのためには、リハビリの道具と受け止め、ゴルフを楽しむ。頭の切り替え時、であることは間違いない。

(Oct.06.2014)