解説20年。奇跡のジョニー・ミラー、最後の全米オープン

最後の全米オープン解説に、全力を投入するジョニー・ミラー。表情に余裕がある(NBC提供)

最後の全米オープン解説に、全力を投入するジョニー・ミラー。表情に余裕がある(NBC提供)

ジョニー・ミラーは、ジャンボ尾崎と同じ67歳。膝を痛めたことで、引退は早かった。だが70年代、彼は圧倒的な、世界の主役だった。象徴的なのが、彼に付けられたニックネーム(奇跡のジョニー)。英語ではMiracle Johnny。73年の最終日。全米オープンとしては、まさに奇跡的なスコア、63で大逆転優勝した。また1974年に産声を上げた、ダンロップフェニックス。この時ニクラスと共に来日。第一回目の勝者として、歴史に名前を刻んだのも彼だった。

引退後はテレビ雑誌などの、解説で才能を発揮。地元でのツアー競技AT&T(ペブルビーチ)では、水曜午後マイクを持って、ギャラリーに長時間レッスン。何時も大盛況だった。そしてNBCが放映権を得た1995年から、ズッと全米オープンの、メイン解説を受け持ってきた。集める情報の、質の高さと量の多さ。さらに歯に衣着せぬ解説と分析力。これらが他に抜きん出ていた。

「歴史的にも、最高の中継を続けた」と評価されてきた、ミラーとNBCのチーム。彼らの役割が、実は今年で終わる。

米の記者仲間が、背景を説明する。
「NBCは、カネの争いに、敗れたわけです」。

全米オープンを主催するのはUSGA(米国ゴルフ協会)。他に全米女子オープン、男女の全米アマチュア選手権などを、主催している。男子の全米オープンは、その中でも最大の目玉商品。それにNBCは放映料料として、毎回千三百万ドル(約13億円)を払ってきた。五輪やサッカーW杯に比べれば、規模は小さい。だが全米オープンの中継は、ESPNを含めても僅か4日。この額は、道理をわきまえた額。誰もが、そう信じてきた。

そこへ、とんでもないオファーが飛び出した。FOXテレビが九千三百万ドル(約93億円)を提示したのだ。これは男子のオープンだけではない。女子オープン等、他のUSGA主要競技を含める。契約年数は向こう12年。勝負になる額ではなかった。

「NBCの20年。全米オープンは、信じ難いほど大衆を、ゴルフに引き寄せてきた」と称賛する、前出の記者仲間。それはジョニーと彼のチームの、能力と仕事への、責任感だけではなかった。時代の流れが、大きく変わった時と、合致した幸運もあった。

まずタイガーの台頭。NBCが中継を開始した頃。まだアマチュアだった。然し76年のプロ転向後、全米オープンだけで、彼は3勝している。それぞれに劇的な、筋書きに恵まれた優勝。それより何より、タイガーは多民族の血を引く混血児。そのため彼の話題は、世界的になり、西欧社会ばかりか、発展途上国でも物が売れ、それはテレビの高視聴率にも反映した。

相前後してペイン・スチュアートの、パインハーストNo.2コースでの、絵になる優勝。最終72ホール目で、4メートル半の、パーパットを沈めたあの姿。それから僅か4ヶ月後、彼がチャーター機の墜落事故で急死している。余りの急展。全米オープンとペインの優勝は、ファンの心に、より大きなインパクトとして、残った。

優勝こそ逃し続けている。それでもミケルソンの6度の2位は、テレビ桟敷の(はらはらドキドキ)をより大きく膨らませ、それはそのまま、全米オープンを中継するNBCへの、追い風として、今週も吹き続けて居る。

ただし、これだけの出来事が重なっても、テレビ中継にとっての最重要は、解説陣を筆頭にした、スタッフ全体の能力の高さ。それをジョニー達は、保ち続けた。

重圧のある、ゴルフ界の先頭を、長いこと走ってきたジョニー。彼の長持ちの秘訣。それは常に茶の間に送る情報収集を、重視していたこと。一つの例がタイガー。彼はマスターズに続き、今週の全米オープンも欠場している。「2014年シーズン、どうやらタイガーは駄目だ」。この話をジョニーから聞いたのは、昨年末のことだった。早く正確なその情報を、全米オープンの中継でも、随所に発揮する。クオリティの高さに、テレビ桟敷が満足して当然だった。

アリゾナ州フェニックスの空港は、(スカイハーバー)のニックネームで呼ばれる。或る日そこで、ジョニーとバッタリ出会った。彼はスコッツデールでの撮影が終わり、サンフランシスコへ。私は日本からフェニックスへ、戻ったところだった。そこで私たちは、荷物を持ったまま、30分以上は立ち話をしている。お互い情報交換だった。話のネタに貪欲な、彼の性格を物語る上で、絶好の逸話だ。

全米オープン。来年からはチェンバーズベイ(シアトル郊外)オークモント(2016年)と続く。その時は既にFOXの中継。解説はジョニーに代わり、グレッグ・ノーマンが担当する。その契約期間は12年と言うから、2026年迄になる。

今週の中継は、ジョニーには、だから(サヨナラ全米オープン)なのだ。

「NBCにとって、最後の全米オープンが、パインハーストNo.2と、言うのも感動的。過ぎ去った20年間で、ペイン・スチュアートは、伝説の競技者になった。タイガーとミケルソンは、いま現役のままレジェンドだ。そして全米オープンを、20年担当したジョニー・ミラーも…」。

奇跡のジョニーの解説は、間違いなく、歴史に名を留めた。

(June.14.2014)