6年先のこの時期。日本では東京五輪が、開催されているはず。
期日は7月24日から8月9日まで。米欧からの、テレビ放映権料に依存するIOCは、この時期を動かさない。そうなると、ゴルフは開催が、頗る困難になる。2つの理由がある。
かつて台風と言えば二百十日。9月以降が定番だった。それが昨今8月を通り越し、7月にも発生する。それも結構大型が。期日的には10月だった。とは言え昨年、台風に直撃された日本オープン(茨城GC)は日曜日が中止。最終ラウンドは、月曜日に順延された。その台風が、五輪を直撃する可能性。
それよりもっと深刻なのが7、8月の猛烈な暑さ。当初の予報では、今夏は冷夏だった。ところが梅雨が明けると、連日の真夏日、そして猛暑日。マスコミは「日常生活さえ、異常を来す」との声を連日伝える。その下で競技をする。これでは選手も、間違いなく難儀する。
そこで参考になるのが、陸上マラソン。遠く1984年ロス五輪では、スイス代表の女子選手が、夢遊病者の様な足取りでゴールした。その時の彼女のコメント。「加州のような、蒸し暑さに慣れていなかったので」。
そのロサンゼルス。私は昔、暫く住んだことがある。1月末から2月に掛けての数週が雨期。残り10ヶ月以上、雨の降らない乾期が続く南加州。暑いと言えば暑い。だがアジアモンスーン地帯の、日本と比較したら天と地。遙かに凌ぎやすい。それは湿度の違い。そのロス五輪でもマラソン、特に女子は何人もが棄権。残りもフラフラ状態が、テレビに映し出された。
マラソンの場合、早朝暗いうちのスタート(北京は朝7時半だった)することが可能。さらに競技時間は、男子で2時間余。女子でも2時間半前後。そこで比較されるのがゴルフ競技。世界を旅した旧知、ゲイリー・プレーヤーに言わせると「スコットランド人は速い。18ホールを3時間を切るペースで回る」。だが一般的に、18ホールの所要は4時間。マラソンの約二倍。それが本戦だけでも4日間。練習ラウンドを入れると5日間競技する必要。
それだけではない。ゴルフは(涼しさを求め)早朝暗いうちに、スタートすることが不可能。何故ならボールが見えないことには、勝負にならないからだ。従って炎天下。それも4時間。
私が長いこと本拠地にして来たアリゾナ。ここは半砂漠地帯だから暑い。全米オープンの取材から戻る、6月から9月まで。この頃は連日摂氏で、50度近くに達する。私が体験した最高は、華氏で113度。摂氏にすると52~53度はあったはず。日本の最高気温41度(昨年の高知県)より10度以上の高温。ただし救いがある。湿度が圧倒的に低いことだ。発汗作用は活発。だがかいた汗は、瞬時にして消える。だからシャツも手袋も、濡れる間がない。それでも真夏のゴルフ。多くが日中を避け、早朝または午後遅くスタートする。
ただしこれは、私たち素人ゴルフだから可能なこと。五輪のゴルフ競技を、薄暮で行うことは出来まい。さらに厄介なこと。それは会場に予定されている、霞ヶ関CCの立地だ。
この時期、高温で話題になる地域が多数ある。前述高知の他、岐阜県の一部。そして埼玉の北西部から、群馬の館林に掛けた辺り。霞ヶ関CCはそのエリアに、すっぽり入る。私はこの辺りを、”日本の熱帯地方”と名付けている。
昨年9月。ブエノスアイレスでのIOC決定。それを受け米のブルーンバーグも、五輪の関連記事を流している。
「(高温だけでなく)高い湿度は、体感温度をさらに引き上げる。先月(2013年8月)東京の最高気温が、38度を記録した時。全国で10人以上が熱中症で死亡。数千人が入院した」。
この時ブルーンバーグが危惧したこと。それはマラソンを中心とした屋外競技。ただしその中で、ゴルフは特定されていない。それでもそれは、ブルーンバーグだけが鳴らす警鐘ではない。米のジャーナル・オブ・サイエンスは、さらに歴史を遡って解説する。
「気温38度。もしくはそれ以上の中で、五輪が実施されれば、少なくとも過去120年で、最も暑い環境下での、開催となる可能性」。
さらに付け加える。
「過去最も高い気温の中で行われた五輪。それは1900年のパリ。マラソンは、35~39度の間で開催され、半数以上が暑さにより、途中で落伍した」と指摘。とは言え、同じ気温でも、欧州と日本では、湿度が決定的に違う。
これらの情報を得て、英フラバー大で、環境生理学と人間工学を研究するジョージ・ハベニス教授は「この様な環境でのイベントは、賢いとは思えない」とコメント。
これ迄何度も東京を訪れ、日本の夏を知るだけに「観客の被るリスクも高まる」との指摘も忘れていない。
ただしここ迄、彼らの対象は屋外競技全体。そして象徴としてのマラソン。だがマラソン以上に、高温多湿の蒸し風呂状態に、苦しむのは、紛れもなくゴルフなのだ。
説明が重複するが、一日のラウンドに要する時間は4時間。これはマラソンの2倍。練習日を入れると、その長時間を5日は過ごす必要。体力の消耗は、計り知れない。例えば、数週前のこのコラムで、東京五輪の金メダル候補として挙げたマキロイ。彼にしても、夏も涼しい北アイルランドの生まれ育ち。プロになった現在も、アジアモンスーン地帯で、真夏の競技は経験がないはず。そうなると、マキロイにも弱点が現れる。それが高温多湿との戦い。それ以上の心配。それは霞ヶ関CC周辺の”日本の熱帯地方”に恐れを成し、メダル候補が直前になって、相次ぎ来日を拒否することだ。
2004年のアテネ。高温だったが湿度は、東京と比較にならなかった。それでも女子マラソンの金メダリスト、野口みずきは、ゴール後嘔吐したと、当時の新聞が伝えていた。
余談だが、この夏も北極海の氷塊。グリーンランドやヒマラヤの氷河は、着実に解けている。その先に見える光景。それはアル・ゴアが著書「不都合な真実」で予測したこと。その一つは、海面の上昇だ。それも5~6メートルの規模で。これらは何れも、地球温暖化と言う共通項で、繋がっている。
6年先の東京。ハベニス教授の言葉にある観客。五輪ともなれば、当然数万枚の切符が、捌ける可能性がある。その時競技者ばかりか、観客にも心配される熱中症被害。
2020年夏。この高温多湿が、急に収束することは、常識的に考えられない。マラソン以上に、五輪ゴルフ競技の、前に立ちはだかる壁。それは予測できない、大きさなのだ。
(Aug.04.2014)